やってみたい仕事は、特殊清掃員、火葬場の職員です

僕は外国のお金を買ったり売ったりして、為替差損益やスワップ金利で利益を得て、そのお金で生活をしています。

専業で為替取引をやっていると、『いつまでFXで生活できるだろうか?』、っと思う時はあります。

歴史的大暴落・・・

その日は突然やってくるかも知れません。

ドイツ銀行の破綻、アメリカ経済の急激な減速、不良債権の増加、大手投資銀行の破綻、中国と香港のさらに激しい衝突、中国とアメリカの貿易摩擦、EUのさらなる分裂・・・

何が原因で世界的・歴史的大暴落が起こるか分かりません・・・

この世界がいつまでもあると思う事自体、間違いなのかも知れません。

この金融経済はシャボン玉の表面に付着しているホコリのようなものなのかも知れません。シャボン玉が破裂したら何もかも終わり。意外とそんな呆気なく世界の金融は崩壊するのかも?っと思うこともあります。

前置きが長くなりましたが、歴史的な世界経済大暴落が起きた時に、僕のような個人投資家が生き残れるのでしょうか?

記録的大暴落でロングポジションはすべて大きな含み損を抱え、ロスカットもあり得ます。

お金を失っては生きていけません。為替取引できるお金が無くなり、為替取引で飯が食えなくなったのなら、何か仕事をしないといけなくなります。

FX以外でお金を稼ぐとしたら、どんな仕事をしたいか?

僕は働いてみたい会社はありません。でも、働いてみたい職種はあります。

それは、『人の死に関わる仕事』です。

例えば、特殊清掃員、葬儀屋、湯灌業、火葬場の職員などです。

これら人の死に関わる仕事なら続けれそうと思うからです。

ではなぜ続けれそうだと自分で思うのか?

このブログにアフィリエイトは設置していません。この本は宣伝でもありません。個人的に気に入っているので写真を撮っただけです。

僕は働くことに お金、生きがい・やりがい・達成感・社会的義務感を満たすこと、などを求めていません。

FXだってそうです。生きがいやりがいなどを求めていません。

僕は『常に死を身近に感じて自分が今生きている事を感じていられる』ような仕事じゃ無いと続かないと思っています。

働く事、仕事をすることに自分から何も求めていないのなら、『死を身近に感じて常に刺激を貰う』仕事しか選択肢はありません。

仕事は誰かに喜びを与え、誰かの幸せの為に自分の時間や体力を貢献して尽くす事だ!っという考え方は僕には無縁です。

その様な高い志を持って働いたことなど1度もありません。1度も。

生きているのに自分が生きているという実感がない。だから、『死を身近に体感できる場所で働きたい』のです。

つまり、仕事には自分が生きていると実感させてくれる刺激を求めています。他人の死を傍に見て自分が今生きている事を実感する・・・そのような環境を僕は求めています。

もし、FXができなくなったら・・・他人の死が傍にあって自分が今生きている事を味わさせてくれる職場で働きたいと考えています。

死を身近に感じたいです。これはコントラストなんです。目の前の人が死んでいる。今それを眺めている僕は生きている。「ああ!、僕は今生きているんだ!」「ありがとう!僕は今生きている!生かさせてくれてありがとう!」っと涙を流しながら自分が今生きている事に感謝しながら働きたいのです。

毎日FXしながら暮らしていますが、(そのせいとは思いませんが)、生きているのに生きていない感覚が根強い。意識に根差しているのです。

歩いていても、笑っていても、落ち込んでいても、瞑想をしていても、クラクションを鳴らされても、何をしていても『今自分が生きているという実感』が無いのです・・・

この生きている屍。歩く不感症の僕がもう一度生きていると実感する為には、誰かの死が必要。遺体が傍にある事、それをしばらく眺める事が出来ること。

死への恐怖、羨望の眼差し。それがあってもう一度生きている事を実感出来るようになると思うのです。

もしFX出来なくなったら、どこか地方でもいいので、特殊清掃員、火葬場の職員、湯灌、葬儀屋で働くと思います。

なんかダラダラと書いてしまいました。以上です。

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